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大阪地方裁判所堺支部 昭和46年(モ)190号 判決

申立人

山埜正男

右訴訟代理人

弓場晴男

被申立人

金井次郎

被申立人

濱井恭平

右両名訴訟代理人

平山正和

外四名

主文

申立人の本件申立はこれを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

事実

申立代理人は、債権者被申立人両名、債務者申立人間の、当裁判所昭和四六年(ヨ)第三〇号仮処分申請事件について、「当裁判所が、昭和四六年三月六日になした仮処分決定は、保証を立てることを条件としてこれを取消す。」との判決を求め、その理由として、

被申立人等は、申立人を債務者として、当裁判所に、日照・通風が害されることを理由に、申立人が建築中の三階建マンションの二階を超える部分の建築工事を続行してはならない旨の仮処分申請をなし、当裁判所は昭和四六年(ヨ)第三〇号仮処分申請事件として昭和四六年三月六日被申立人等の右申請を認容する旨の仮処分決定をなした。しかしながら、右仮処分決定については、同決定の取消を求めるに足る次のような特別の事情が存する。すなわち、

一、右仮処分決定の被保全権利たる日照権は、結局、損害賠償請求権として金銭的補償によつてその終局の目的を達することができるものである。

二、前記仮処分決定により、申立人は当初計画していた三階建マンションを二階でやめざるを得なくなり、そのために建築請負人に対し、三階部分の工事中止による損害として約一八四万円を支払わなければならず、また、三階建として基礎工事等を進めてきた関係で本件仮処分による工事中止までに金二四一〇万円を要しているが、もとから二階建とすれば金二二八〇万円で足り、差引金一三〇万円分の不必要な出資を余儀なくされ、更に三階部分の居住者から、保証金二一〇万円と毎月の家賃金八万二、〇〇円が入らなくなることからの積極・消極両面から莫大な損害を蒙り、このため、借金の返済に困窮し、将来非常な財産上の窮地に陥ることは必定で、異常な損害を蒙ることになる。

よつて、申立人において保証を立てることを条件として、前記仮処分決定の取消を求める。

と述べ、被申立人等の主張を否認し、

〈証拠〉略

被申立代理人は主文第一項と同旨の判決を求め、答弁及び主張として、

申立人主張どおりの仮処分申請があり、その主張の日にその主張のような内容の仮処分決定がなされたことは認めるが、申立人主張のような特別事情の存することは否認する。即ち

一、本件仮処分決定によつて保全される請求権はいわゆる日照権で、その法律構成として物権的請求権、人格権、不法行為等が考えられるが、その実体は人が人たるに値する生活を営む上に不可欠である日照を保護しようとするものであつて、金銭的補償によつてその終局の目的を達し得るものではない。

二、本件仮処分決定を存続せしめても、申立人は異常な損害を蒙らない。けだし、申立人の主張する損害はこの種の仮処分決定により通常蒙る損害であり、何等異常なものではない。

また申立人は本件建物につき、二階建に計画を変更し、工事を完成させ、もはや三階建に出来ない状態であるから、本件仮処分決定を取消すことは無意味である。

以上いずれの点からしても、申立人の本件申立は理由がない。

と述べ、

〈証拠〉略

理由

被申立人等が申立人を債務者として、当裁判所に申立人主張の仮処分申請をなし、当裁判所がその主張の日にその主張の内容の仮処分決定をしたことは当事者間に争いがない。

そうすると、本件仮処分決定によつて保全される請求権は、日照権に基づく本件マンションの二階を超える部分の工事差止請求権であることが明らかである。

ところで申立人は、日照権の侵害に対し、結局のところ損害を賠償すれば足りるから、本件被保全権利は金銭的補償によつてその終局の目的を達することができる旨主張するのでまずこの点について判断するに、

そもそも日照の確保は、人が快適で健康な生活を享受するために必要にして欠くことのできない生活利益ではあるが、他方その確保は、南側に隣接する他人の土地利用を制限することになるところから、これら衝突する他の法益との適切な調和の上にその法的保護が与えられるものであり、隣接地の土地利用による日照・通風の妨害が、諸般の事情から被害者の受忍すべき限度を超えると認められるときに、はじめて違法な生活妨害として法的保護が与えられる。しかして、その受忍限度を超えるときでも、被害者としては、その日照の妨害に対し、金銭補償を得ることで満足しなければならない場合もあるが、その妨害が被害者の受忍限度を著しく越え、金銭賠償をもつては救済できない段階に至る場合には、日照そのものを確保するために日照妨害工事の差止請求をすることが認められる。本件仮処分決定は、まさに右のような日照権に基づく差止請求権を被保全権利として発せられたものであるから、金銭賠償をもつてしては救済できない日照そのものの確保を終局の目的とし、単に金銭的補償によつてはその終局の目的を達することができないものと謂わざるをえないので、申立人のこの点の主張は理由がない。

次に申立人は本件仮処分決定により異常な損害を蒙る旨主張するので判断するに、

〈証拠〉を総合すると、申立人は株式会社岡本組に対し、三階建九戸の予定で本件マンションの建築を依頼し、同組の手で建築にかかつたが、昭和四五年一一月二九日の地鎮祭の頃、被申立人等から申立人の方へ日照妨害にならないようにという申出があつたと、工事が始まつてみると被申立人等の日照に影響のあることがわかり、被申立人等は弁護士を通じ、昭和四六年一月三〇日頃申立人に対し、日照の問題について話合いたい旨の内容証明郵便を送つたが、その頃すでに二階部分の建築工事が始まつていたこと、そして更に工事が続行されるので、本件仮処分申請が出され、前記仮処分決定が出た当時には三階部分のコンクリートの仮枠が完了し、鉄筋の組立もほぼ出来上つていたところ、本件仮処分決定後、二階建として本件建物は完成し、昭和四六年八月一五日に岡本組から申立人に建物の引渡がなされ、現在は二階建六戸全部に入居者が入つていること、工事は二階建で一応完成しているが将来三階建にすることは可能であること、当初予定していた三階建のマンションを本件仮処分決定のために二階建にしたことにより、三階部分の仮枠や鉄筋を取除くためと、既に発注していた三階用資材の発注取消とに一八四万円かかり、三階建として基礎工事等をしているので当初から二階建として工事を進めるのに比し余分に一三〇万円かかり、三階部分は三DK一戸と二戸を造り、三DKは保証金六〇万円家賃月三万円、二DKは一戸につき保証金五〇万円家賃月二万五、〇〇〇円位で賃貸する予定であつたから、保証金一六〇万円、家賃月八万円位の予定収入が入らなくなつたこと、申立人は本件工事費のうち銀行ローンで五〇〇万円借り、残額は自己資金でまかない、銀行ローンの返済は月一〇万五、〇〇〇円宛であることが一応認められる。

してみると、本件仮処分決定により、申立人は、申立人主張の前記各金額の損失を蒙ることになるが、このような損失はこの種の仮処分においては通常生ずるものであるばかりでなく、前記認定のとおり、申立人は本件建築工事に際し、被申立人等から日照の妨害をしないようにという申入れを受け、また、工事途中で内容証明郵便により話合いを求めてきたのに、これに応じようともせず本件建築続行を強行したため本件仮処分申請を誘発したものであり、申立人としては、被申立人らが本件仮処分を申請した場合に起るべき事態については当然予測すべきである。従つて本件仮処分決定による工事差止に伴う前記のような損害は、申立人において予想できた損害としていわば自ら招いた損害であるから、かかる損害の発生をもつて異常損害が生じたものと主張することはできず、また前記認定のとおり、申立人は本件工事費のうち五〇〇万円を銀行ローンで借りただけで、他は自己資金でまかなうというのであるから、前記認定の完成し入居中の本件二階建マンションからの収入で、前記認定の月一〇万五、〇〇〇円宛のローン返済は十分可能であると一応認められ、忽ちにして借金の返済から倒産にいたるといつた特別の情況も考えられないから申立人が借金の返済に困窮し、将来非常な財産上の窮地に陥り異常な損害を蒙るという申立人の主張も採用できない。

以上のとおりで、本件仮処分決定を取消すべき特別事情の存在を疎明することができないから、申立人の本件申立は理由がなく、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(本井巽 松島和成 浦上文男)

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